龍雲寺とは
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ここでは、昭和初期の龍雲寺を写真で見ることが出来ます。
   
開基 木寺宮康仁親王

龍雲寺は南北朝時代に後二条天皇のお孫さんの木寺宮康仁親王が京都から入野に移られ、現在の東墓地あたりにお屋敷をお建てになりその横に祈祷所として作られたのが始まりだと言われています。
現在も裏山中腹には親王の石塔が残っており、浜松市内でも完全な形で残る五輪の塔はこれだけになってるそうです。
現在の東駐車場から龍雲寺を見る

写真右には現在は無い蔵がある。裏の山を見ると現在の竹藪とは違い松などの樹が大きく育っていたのがわかる。現在の東駐車場は寺所有の田んぼだった。
本堂

江戸元禄に仮本堂として建てられたままの姿。現在の本堂は銅板で屋根を葺いているが昔は茅葺きだった。後に瓦葺きにするも、瓦の重さで本堂が傾いたため現在の銅板に葺き直す。
山門

現在もこの当時そのままに山門は残っています。山門は龍雲寺のなかでは一番古くからの建造物だと言われています。
現在と違い山門前には階段があり段をくだると雄踏街道まで田園が広がっていたそうです。これよりさらに昔には佐鳴湖の水辺が山門すぐ横の延命地蔵裏まできており、その美しさは東海一の門景と歌われていたそうです。
佐鳴湖

裏山より望む。
現在の汚れた佐鳴湖とは違い、泳げたり、しじみが取れたりと美しい湖だった。もう一度泳げる佐鳴湖をつくるために官民一体で浄化活動を行っています